夢がビジネスになる世界で/もう一つのプロ野球 石原豊一
ドラフトの日になると「今日は電話がかかってくるかもしれないから……」なんて言う人が、いませんか。
もちろん言った本人は冗談のつもりで、周囲もそれをわかっている。それぞれの距離感で野球に接し、今はナイターの結果に一喜一憂したり、草野球を楽しんだりしている。そんな「大人」になれなかった人たち。大人にさせなかった人たちによる「もう一つのプロ野球」を追います。
マニー・ラミレスの加入で話題を集めた四国アイランドリーグをはじめ、日本にもNPB以外の独立リーグがあります。アイランドリーグからは昨年首位打者を獲得したロッテ・角中をはじめとして、様々な選手がNPBに進んでいます。また、現在DeNAの監督を務めるラミレスはNPB引退後はBCリーグで選手とコーチとして活動していました。
一方で、いつの間にか経営に失敗して消えてしまったのが関西独立リーグ(現:BASEBALL FIRST LEAGUE)。そのゴタゴタを追うところから本書は始まります。
リーグの実態、無給だけれども掲げられたままの「プロ」の看板。これは現代社会において、レールから外れてしまった若者たちが、「夢」を追いかけ続けることにすがるための拠り所になっているのでは、と著者は思い至ります。それはまさに本書の中でも触れられている藤田結子の「文化移民」ともオーバーラップするもので、同じようにこれをビジネスにしている人たちもいる。彼らの「プロ野球」への夢は、グローバル化した社会のなかで、海外にもつながり、皮肉にもグローバル化したがゆえに「夢から覚めさせない」ビジネスにつながっているのです。もはや自己啓発と化し、「自分探し」の延長になった野球ビジネスは、「タックス・プレーヤー」とよばれる、いわば「プロ野球体験」ができる「商品」まで生み出してしまう……。
どこで本人が夢に折り合いをつけるのか。ビジネス側からすれば、自分たちが覚めたく無いという限りは、共犯関係だと言うかもしれない。
一方で、今から7年前の2010年、若者に夢をあきらめさせろ!と書いた社会学者がいました。ピースボートに乗り込んで、世界平和や夢を持ち出し、その「夢をあきらめさせない」仕組みを看破し、「承認の共同体」の限界を探った本です。先述の藤田結子による文化移民の本といい、もうこの10年ぐらい「夢をどう諦めさせるのか」という話は、あらゆるところで出てきているのかもしれません。そのうち地下アイドルの分析もされるのではないでしょうか(もしくは僕が知らないだけでもうあるのかも)。
その背景にあるのは、いい学校を出て、いい会社に定年まで勤めて…という神話のウソに気づいたあと、次の物語が語られることのない時代に、それぞれの生き方を見つける術を伝えられない。そんな現代の迷走があるのかもしれません。
しかし、それぞれの生き方である以上、それは誰かに与えられるものではない。僕も含めて、ぼんやりとした不確かさと上手く折り合いをつけながら生きていくしかないのでしょう。あるいは、東浩紀の言う、「観光客」が一般性を持つのかもしれません。
登場するノマド・リーガーたちの危うさを描きながらも、最終章に描かれたあるプロ野球球団職員のエピソードは、彼らをビジネスとして利用しようとするものに利用されるだけではなく、共犯関係に持ち込むぐらいにやりきってほしいという、著者からのエールのようにも読めるのです。
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