休日にライターのようにラグビーの取材をすることもある(けど最近お休み気味)

平日は私企業で営業マン、休日は時々ラグビーイベントとかの取材をしている30代男性のブログです。でも最近は本とか映画とかの話が多いです。

「靭帯」 この脆く危ういもの/剛腕 ジェフ・パッサン

2107年8月、一人の元メジャーリーガーが静かに引退を発表した。トッド=コッフィー、36歳。メジャーでおよそ8シーズン、主に中継ぎとして活躍した投手で、日本でプレーヤーとしてその名前を知っている人は少ないだろう。全力疾走でマウンドに上がる男、あるいは死者の腱を移植した男として知っている人はいるかもしれない。

そんなトッド=コッフィーをはじめ、現代の投手のケガとして最も影響が大きく、数も増えている靭帯の損傷とトミー・ジョン手術を軸に、なぜその解決方法がいまだ確立されないのか。その現状を追った本である。

 

豪腕 使い捨てされる15億ドルの商品 (ハーパーコリンズ・ノンフィクション)

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 MLBが投手に払っている年俸総額は15億ドルを超えるという。この金額はNFLが先発クオーターバックにかける費用の5倍、NBAの年俸上位200人の合計も上回るそうだ。NPBも同じようなものかもしれない。かかる状況を著者は「スポーツの世界で一番貴重な資産」であると例える。

一方で、MLBの約4分の1の選手の腕に、トミー・ジョン手術の傷跡があるという。書店でパッと見ただけでは気づかないかもしれないカバー写真の「それ」は、読み始めてからは目をそらせなくなるはずだ。

トッド=コッフィーだけではなく、ダニエル=ハドソンダイヤモンドバックスで活躍、2011年に13勝、手術後復帰して2シーズン120試合以上に登板)、プレーオフ中にドローンで指を負傷するという事件で話題を集めたトレバー=バウアーなどのメジャーリーガー、そして彼らを支えるトレーナーや代理人。さらに「ショーケース」と呼ばれる学生のプレーヤーが集まる全国大会(Pefect Game 社や、アンダーアーマーなどが主催)に出場するような青少年。最先端の医療研究だけでなく、内容によっては眉唾モノと言わざるを得ない独自の療法や投げ方を指導する人たち。そして第2の野球大国としての日本…投げ込み信仰、荒木大輔済美高校(安楽智大選手)、日ハム入りした立田将太選手などにも取材している(彼が取材した日本の馬見塚医師のもとにやってくる少年たちの現状は、なかなか日本のメディアで表に出てくることはないが、決して見過ごすことができない)。そして1974年に初めて手術をしたトミー=ジョン。

故障から復活を目指す男たちの苦闘、ではなく、シビアなルポタージュ400ページ余りを過ぎた先に、分かったことは「まだその全貌はわかっていない」ということ。一人一人の腕の違い、経験の違いを考えてみただけでも、定量的に調査できるものではない。しかし、このままではいけないという意識と、その対策の萌芽、引退まであがくことを決意するトッド=コッフィーのメールで本書は終わる(原著は2015年出版)。

 

手術の内容やけがの描写は目をそむけたくなるような生々しさがある。アメリカで加熱しているという「ショーケース」の様子も、ランキング制度をはじめとする危うさを感じるとともに、どこかの国の夏の全国大会のそれを思い出させるとともに、「青春」「伝統」などの名の下に、彼らをもっと過酷な状況に追い詰めているのではないかという問いを突き付ける。

10代半ばもいかない子供が肘の手術をする現状。しかし、本書の言葉を借りるのであればそういった状態になってしまう人・子ほど「もはやほかに選択肢がないくらい野球を愛している」。どうすればいいのか結論は出てない。けれど、このままでいいはずがない。そんな著者の強い意志が現れた一冊。

 

もう1点、出版業界の現状として記録しておきたいと思ったのは、「ヤフー・スポーツ」が著者のジェフ=パッサンをフルタイムのライターとして雇いつつも、この本の執筆活動に時間を割くことも許可したということ。日本においても、Numberやベースボールマガジン社だけでなく、Webメディアからもこういった良質なルポが出る日が来るんだろうか。