休日にライターのようにラグビーの取材をすることもある(けど最近お休み気味)

平日は私企業で営業マン、休日は時々ラグビーイベントとかの取材をしている30代男性のブログです。でも最近は本とか映画とかの話が多いです。

【映画】「判決、ふたつの希望」を深く見るためのレバノンに関する5つのこと。

気になっていた映画、「判決、ふたつの希望」を見てきました。

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レバノンの首都ベイルート。その一角で住宅の補修作業を行っていたパレスチナ人の現場監督ヤーセルと、キリスト教徒のレバノン人男性トニーが、アパートのバルコニーからの水漏れをめぐって諍いを起こす。このときヤーセルがふと漏らした悪態はトニーの猛烈な怒りを買い、ヤーセルもまたトニーのタブーに触れる “ある一言”に尊厳を深く傷つけられ、ふたりの対立は法廷へ持ち込まれる。
やがて両者の弁護士が激烈な論戦を繰り広げるなか、この裁判に飛びついたメディアが両陣営の衝突を大々的に報じたことから裁判は巨大な政治問題を引き起こす。かくして、水漏れをめぐる“ささいな口論”から始まった小さな事件は、レバノン全土を震撼させる騒乱へと発展していくのだった……。

 映画「判決、ふたつの希望」公式サイト 2018年8/31公開

 

ということで、2016年のレバノンを舞台にした法廷劇。中東という難しい地域の背景を置いて、シンプルに映画の中だけのストーリーだけでも、振り上げた拳をどうおろすのか、どうして拳を振り上げてしまうのか。そして個人の怒りや悲しみがその枠を超えて「我々の」ものになってしまう、なってしまったときの恐怖……現代社会において、遠い異国の話ではない、という感じを共有できる、突き付けられる映画です。とてもよかった。

一方で「2016年のレバノン」がそもそもどんな状況なのか?背景にどんな歩みがあるのか、いくつか知っておくとより深く映画を見れるかも、と思ったことがあったのも事実。

自分も知っていたこともあるし、改めて調べたこともあって、せっかくなのでまとめておきます。*1

 

1.レバノンという国のなりたち

現在のレバノンにつながる歴史を超ざっくり振り返ると、オスマン帝国統治下から第一次世界大戦を経て、1920年に悪名高いサイクス・ピコ協定に基づくフランスの委任統治領に。その後、第2次大戦中のフランス本土の混乱時に独立したのが現在の国家につながるもので、第二次大戦後のベイルートを中心に反映するも、中東戦争の影響を受けた1975年から90年まで続いた内戦、その後シリア軍の駐屯・撤退を今に至る、といったところでしょうか。

 

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出典:Google Mapsレバノンのあたり。

 

2.レバノンに暮らす人々

人口の大半はアラブ人でアラビア語公用語ですが、フランス語も使われているそう。残念ながら閉店してしまいましたが、明治大学駿河台キャンパスの目の前にあった「アドニス」というレバノン料理のファストフード店はフランスが本社でした。

もともとこの地域にはマロン派というキリスト教の一派があって、キリスト教徒のアラブ人、という人がたくさんいます。加えて様々な宗派のイスラム教徒もおり、キリスト教も含めて18の宗教・宗派に属する人たちが暮らしています。

人口の40%を占めるキリスト教徒の女性は、服装も日本やヨーロッパとそんなに変わらない感じだし、映画の中でも女性弁護士、判事が出てきます。もっも言えばアイドルっぽい活動をしてる人もいるそうな(主役の一人も、レバノンでは人気のコメディ俳優なのだそう。大泉洋さん的なイメージかしらと勝手に想像しました)。

そこはさておき、パンフレットにも寄稿している佐野光子さんによると、そのありようは「るつぼ」というよりも「モザイク国家」。つまりいろんなバックグラウンドを持つ人が混ざり合いながら共存している、というよりも、初対面同士でお互いの名前や住んでいるエリア、身なりなどから素早くバックグラウンドを見極めて、相手を刺激しないように会話のテーマを選ぶような、そんなバランスを取りながらの暮らしなのだそうです(ある意味日本もそうか)。映画主人公の一人であるイスラム教徒の工事監督が、キリスト教徒が多い地域で、なるべく目のつかないところで礼拝をするように指示していたという話も、そういったシーンの1つでしょう。

 

3.レバノンパレスチナ人難民キャンプ

イスラエルに隣接する国、ということもあって、多くのパレスチナ難民が存在。1948年の第一次中東戦争以後、紆余曲折を経た現在も12か所の難民キャンプがあります。もはや二世、三世となりながらもそこに暮らす人々は40万人といい、人口の7%程度に相当。難民キャンプに暮らす人々は無国籍扱いで、スラムのような劣悪な環境に置かれ、就業や財産権、移動の自由なども規制されているそうです。一方でなかなか警察などの国家権力も及ばない状況でもあって。また、後述の内戦の要因や、社会が落ち着かないのはあいつらのせいだ、という見方をされることもしばしばなのだとか……。

さらに近年の隣国シリアでの混乱から逃れてきた難民も流入しているといいます。

 

 4.レバノン内戦

1975年から90年頃まで続いた内戦。イスラエルパレスチナの解放活動を行っていたPLOパレスチナ解放機構)がヨルダンを逃れてレバノン流入。それまで保たれていたキリスト教イスラム教のバランスが崩れたりで、内戦状態に突入します。さらにイスラエル、シリアなどの隣国も介入し、国連軍も駐屯しました。

※きっかけになった「PLOがヨルダンを逃れてきた原因」にはヨルダン内戦があって、このときの話も映画で出てくる(さらにその前には第3次中東戦争が……あぁ、もう複雑……)。

 

内戦の中では数多くの悲劇が起きた。それは国内のイスラム教徒のグループにも、キリスト教徒のグループにも起きていて、物語のキーにもなります。

1つ、事前に知っておいた方が……という話としては、内戦の中でも特に大きな出来事として1982年のイスラエル軍の侵攻(ガリラヤ和平作戦)があったこと、そしてそれを率いていたのが当時イスラエル国防相であったアリエル・シャロン(のちにイスラエルの首相)という人物であったこと。さらにその中で、イスラエルに訓練を受け、支援を受けた民兵組織としての「レバノン軍団」が、非武装パレスチナ人難民キャンプを襲撃、大量の虐殺を行った、という事件も起きているものの、現在のレバノン軍団はイスラエル寄りというよりは、独立したレバノン、を主張しているらしい。

 

この辺の1982年の出来事を扱った映画としては2009年公開の「戦場でワルツを」が重い。

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5.レバノン軍団

レバノン内戦時にバジール=ジュマイエルによって創設されたキリスト教マロン派の民兵組織。当初はどちらかというとイスラエル寄り。バジールはキリスト教マロン派の若者にカリスマ的な人気があったが、83年に暗殺されます。

その後、94年に非合法化されるが、現在は右寄りの政党として復活し、サミール=ジャアジャアという人物が率いており、彼も映画に出てきます。

 

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なんかもっとシンプルにまとめたかったのに、気が付くとそれぞれの項目がちょっとした長さになってしまった……。

ともかくも、レバノンという国は本当にいろんなバックグラウンドを持つ人がいて、いろんなことがあって、そんな中で何とか前を向いて暮らしていこう、としているところなのでしょう。それこそ「パレスチナ大義」を掲げて、宗教の話も、過去の諸々もあるけれど、と。

そんな映画の背景を知ったうえで一周回って、映画の中で描かれるシンプルな、しかし普遍的な問いがまた浮かび上がってくる。そこには現実的な女性の姿と素直に謝れない中年男性、あるいは、裁判で勝つことが目的になってしまう弁護士、ネトウヨルサンチマンと誰かの怒りを煽って暴力を拡大する仕組み、みたいな、日本のテレビドラマでもありそうな話も含まれているかもしれない。

 

良くも悪くも中東を舞台にした映画は重たすぎることも多いのですが(とはいえ、その現実からは逃げられなくて……という気持ちもありつつ)、この映画は後味がよい。それこそ、これからの未来に希望を抱かせるような。

その希望が現実になることを祈りつつ。

*1:なるべく正確を期したつもりですが、中東の専門家でもなければ、いろんな見方もできる話でもあって…ということで、大筋のところでご容赦ください